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東日本大震災、被災地へ (3)間近で見た現実

  • 2011.05.21 Saturday
  • 22:58
3)間近で見た現実

新幹線では、窓の外の流れる景色をずっと見ていた。

仙台駅に近づくと、屋根に青いビニールシートが
かかっている家が目立ち始めた。おそらく、地震で
屋根の一部が崩れてしまったのだろう。
大船渡線に乗っても、海に近づくにつれて同じような
光景が見られた。


ディーゼルエンジンの車両の少ない電車に揺られて
気仙沼駅に到着すると・・・
なんと駅のコンビニが営業している!
棚には物資も豊富にならべられているように見える。
聞くと、駅前の居酒屋さんとお寿司屋さんも営業
しているとのこと。
駅には客待ちのタクシーも数台ある。
思った以上に復興が進んでいることを実感して、
なんだか嬉しくなった。

が、駅で翌朝に乗るバスについて聞いてみると、
なんと僕が念入りに調べた時刻表が、平日用だった
ことが発覚!土日のバスは、始発の出発がかなり遅く、
これではボランティアセンターの9:00の受付に
間に合わない!!
ダメ元で、駅にいたタクシーに声をかけ、事情を説明。
朝タクシーを呼べるか、現地まで何時間くらいかかるのか
聞いてみた。その会社は早朝5:30から営業しており、
1時間半ほどで現地まで行けることがわかった。
人数で割れば、バスの利用とそこまで変わらないし、
僕らは翌朝、タクシーに乗せてもらい、現地へ向かうこと
に決めた。
(*後に分かったことだが、ボランティアセンターの
 受付は9:00-14:00まで行っているらしく、9:00ぴったり
 に着いていなくても良かったので、バスに乗っても全然
 間に合ったそうだ。
 だが、この時はそれを知らずに焦っていたのだった)


翌朝。
約束通りタクシーに来てもらい、志津川に向かった。
運転手さんは、気仙沼生まれ気仙沼育ち。南三陸町にも
なじみの深い初老の方だった。

今回現地に来た理由を伝えると、

「では…現地に行く迄の間、町の状況を説明しましょう。
 現地に行くにつれ、信じられないような光景がいっぱい
 出て来ますよ。
 写真も撮れるように、少しゆっくり走りますね。」

と言ってくれた。

本当は、被災地でバシャバシャ写真を撮ることには
抵抗があった。それこそ、野次馬的に撮っているように
見えるだろうし、その行為は現地の人を傷つけてしまう
かもしれないと思っていたからだ。

しかし、この運転手さんは、普段は報道の記者や
カメラマンを乗せることも多いらしく、
「伝える」ことの大切さも知っている方だった。
微力ながら、一部には多少の影響力を持っている自分も、
「伝える」という役割を担った人間の1人。
地元の方のそういった声に幾分励まされた。


ここからは、言葉は運転手さんの説明の言葉を補足程度
に、現地で撮影した写真を貼っていきたいと思う。


ただ、前提としてわかってほしいのは、
写真の中の世界は、
視界360度で行われている現実の一部を切り取ったに
すぎず、これが震災から2ヶ月経っている現状だと
いうことだ。


志津川までの間、主に海沿いの道を通る。

海に近い道。道路はきれいになっているが、
その脇の家々は…。ガレキはそのまま残っている。
倒壊せず残っている建物も有るが、
かなりダメージを追ってしまっている。
海の近くでなくても、川から上がってくる水で
津波の被害が出ているという。

時々見る、崩壊した建物の前に立てかけられた
「OK」の文字。(捜索済みということだろうか)

ここは、集落ごとなくなってしまったという。

遠くに見える橋が倒壊している。
よく見ると、橋の上には家が乗っかっている…

工事の車とすれ違いながら、南三陸町に入り、
志津川駅の向いの通り。
車を降りて、少し歩かせてもらった。





正直、言葉が出ない。想像を遥かに超えている。



志津川駅に近づく。



この建物は、上下逆になってしまったそうだ。




志津川駅ホーム。

ホームから見た光景。
さっきの上下逆さまの建物が見える。

線路。

ホームから改札へ行く階段。



病院。船が乗ったまま残ってしまっている。


志津川の防災対策庁舎。
千羽鶴、国旗、花、お線香が備えられている。
母から貰った数珠で合掌させていただいた。

ため息を何回ついたか、わからない。
言葉は虚しい。


このあと、僕らはボランティアセンターに向かった。

タクシーの運転手さんは、降りるときに、
「わざわざ遠くから手伝いに来て下さって
 ありがとうございます。このご恩は、きっと
 何かでお返しします…」
といって、深々とお辞儀をして下さった。

僕は、
「いつか、観光で、美味しい魚を食べに来ます!」
と明るく返すことしか出来なかった。
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